
大学院日本酒学プログラム
?日本酒を対象とした文理融合型教育研究?
新潟大学の特徴的な学位プログラムの1つ「大学院日本酒学プログラム」。
2022年度に現代社会文化研究科及び自然科学研究科の博士前期課程に開設され、翌2023年度には同プログラム博士後期課程がそれぞれ開設された。
また、2024年度同プログラムを学ぶ学生が携わった日本酒「六花の杜(りっかのもり)」が完成し、創立75周年記念式典で披露された他、メディア等でも取り上げられている。
同プログラムで展開されている教育や研究の取組と、そこで活躍する学生の声を紹介する。
世界初?新潟発の新しい学問領域
日本酒学とは、日本文化や伝統に根差した日本酒を対象に、それに係る広範な学問を網羅する世界初?新潟発の対象限定?領域横断型の学問領域だ。その源流は、2017年に新潟県、新潟県酒造組合、新潟大学の3者で締結された連携協定にさかのぼる。新潟大学ではこの協定に基づき、研究推進機構附置コア?ステーション「新潟大学日本酒学センター」を設置。フランスのボルドー大学ブドウ?ワイン科学研究所との連携協定締結など、海外への展開も積極的に行なってきた。2020年には全学共同教育研究組織となった。10学部を有する総合大学としての強みを活かし、新潟大学の広範な教育?研究分野の力を結集する全学的な体制が整えられた。
「日本酒学センターでは、専任教員の配置、特任教員の採用、『醸造』『社会?文化』『健康』の3ユニット、それをマネジメントする推進室の設置などの体制を構築してきました。実習室や醸造室などの施設整備も進め、2021年には清酒製造免許(試験製造)を取得し、日本酒醸造研究も可能になりました。日本酒学の世界的な教育?研究拠点の形成を目指し、広く認知されるよう教育?研究?情報発信?国際交流を4つの柱に活動を展開しています」
こう話すのは、末吉邦日本酒学センター長。本特集では日本酒学センターの教員が中心となって運営する大学院日本酒学プログラム(以下「日本酒学プログラム」)に焦点を当てる。全学的な観点やプログラム全体に関すること、日本酒学センターの関わりについて聞いた。
末吉邦理事(研究?大学院担当)?副学長/ 日本酒学センター長
イノベーションを創出する人材育成
大学院教育の意義は大きい
領域を超えた幅広い視点から学ぶ
「日本酒学プログラムは領域を超えて体系だった座学と実習、ディスカッション、酒蔵や他大学等と交流していくのが特徴です。学内外から多分野の研究者が教員として集まり、様々な視点から日本酒にアプローチしています」
社会から求められるイノベーションを創出する人材育成という点で大学院教育の意義は大きい。日本酒学プログラムでは、総合大学の強みを生かした「領域横断型の学び」と「主体的な問題解決型の学び」を提供することで、従来の醸造学?発酵学に留まらない幅広い視点と、日本の伝統的文化としての日本酒を多角的に学び、国内外に向けて発信できる人材の育成を目指している。
共通軸は日本酒
異なる領域を俯瞰した教育?研究
日本酒学プログラムは、現代社会文化研究科と自然科学研究科において開講されている。前者では、「経済学から見た酒」「酒とベンチャービジネス」「酒蔵組織と経営」などの科目が開講され、経済、経営、歴史、文化、酒蔵組織、日本酒とブランディング、酒税、建築都市、地域性、デザイン、文化史、日本酒と行政学、グローバル化などが研究領域として挙がる。また、後者では、発酵工学、食品科学、微生物学、植物栄養学、環境土壌学、水文学を含む日本酒学固有科目などが開講され、原料米、微生物、日本酒醸造、醸造物機能性、環境、酒と食の相性、健康長寿などが研究領域として挙がる。
いずれも日本酒という対象を共通の軸として、自らの専門領域に加え、幅広い領域を俯瞰した内容で教育?研究を行なう。博士前期課程を修了すると修士(学術)、博士後期課程を修了すると博士(学術)の学位が取得できる。日本酒学センターの平田大、岸保行両副センター長に聞いた。
日本酒学センター副センター長(左)平田大教授(右)岸保行准教授
イノベーション創出の中核となる文理融合型人材を育成
日本酒学プログラムの博士前期課程では文系?理系という学問的区分にとらわれず、領域横断的な知識力と発想力をもった、イノベーション創出の中核となる文理融合型人材を養成する。
各人の専攻科目の他、日本酒を軸とした幅広い知識と日本酒の基礎知識については「日本酒学固有科目」によって修得する。「日本酒学概論Ⅰ?Ⅴ」、「基礎?発展日本酒学実習」、「課題発掘?解決セミナー」により構成され、日本酒学センターの教員が中心となり各専門分野の学内教員及び外部講師が担当する。
実習を通じて日本酒の醸造を学ぶ
「『日本酒学概論Ⅰ?Ⅴ』は、文系?理系の教員が連携しながら構築するオムニバスの講義で、日本酒の原料?生産から販売?消費、さらには文化や歴史?伝統、健康に至るまでの幅広い領域を俯瞰した内容です。また、『基礎日本酒学実習』は、日本酒製造のための原料?醸造方法の専門的知見?知識を修得する実験室レベルでの実習。『発展日本酒学実習』は、新潟県醸造試験場や酒蔵での日本酒醸造等の実習です。実社会で必要な課題解決?コミュニケーション能力を修得します。さらに『課題発掘?解決セミナー』で領域横断的な課題追求力と問題解決能力を修得します」(平田 副センター長)


一つの事象に対する俯瞰的な学びは他分野にも応用できる
国際性とリーダーシップ
高度な専門性を有する人材養成
博士後期課程では、学問的区分にとらわれず、国際性とリーダーシップを兼ね備えた高度な専門性を有する人材を養成する。博士前期課程同様、自らの専攻科目に加え、日本酒を軸とした幅広い知識と専門知識は「日本酒学特論」、国際性は「日本酒学国際特別研究」で修得を目指す。「日本酒学博士セミナー」に加え、「特定研究」や「総合演習」等の科目において研究テーマを深め、領域横断的な高い課題追求力と問題解決能力を修得し、新たな価値創造につなげていく。
「日本酒学プログラムの現場で目の当たりにするのは、日本酒に対する若い世代の期待やモチベーション、専門領域以外への関心の高さです。全国的に文理融合型の大学院は少なく、日本酒を対象にしている大学院は新潟大学にしかありません。一つの事象に対する俯瞰的な学びは、他分野にも応用できるはずです」(平田 副センター長)
日本酒学プログラムへの入学者は、学部出身者や外国人留学生、他大学からの進学者など様々。中でも社会人経験者の経歴は実に興味深い。
「彼らは、日本酒の販売関係、輸入業、食品科学系企業の他、寿司屋、ライターなど、日本酒に関わり働く中で、さらなるキャリアアップや事業拡大を志し、大学院に進学してきています」(岸 副センター長)
日本酒というコンテンツを使い高度人材を育成する
社会の閉塞感を打破する強い力に
日本酒学プログラムでは日本酒を対象としているが、ここで修得した能力は多様な領域に展開できる。ここから輩出される人材は、醸造、流通、販売、商社等の日本酒業界にとどまらず、様々な分野での研究開発、コンサルティング、事業創造を含む未来産業分野での活躍が期待される。
「私たちは日本酒というコンテンツを使って、自身の専門の周辺領域を俯瞰して見られる高度人材、産業界のリーダーを育成するのです。日本酒学プログラムで修得される能力は、日本社会の閉塞感を打破する強い力につながるはずです」(岸 副センター長)
大学院生らが醸造に携わった日本酒
博士前期課程の科目の一つである「発展日本酒学実習」では、2023年12月から2024年2月に新潟県醸造試験場で酒造りに携わった。そこで醸造された日本酒は「六花の杜(りっかのもり)」と命名され、牛木辰男学長によるオリジナルデザインのラベルが用いられている。2024年10月19日に開催された新潟大学創立75周年記念式典でお披露目され、11月3日に開催された学生主催の新大祭?in古町ルフル?」では試飲会を開催。来場者にふるまわれ、「飲み比べをした中で、一番美味しかった」、「学生が醸造に携わったというところに、とても興味を持った」など多数の声が寄せられた。実習における大きな成果だ。
文理の融合をなくしてイノベーションは実現しない
日本酒学が拓く未来
文理融合によるイノベーション
日本酒学プログラムでの学びとその後に寄せられる期待は大きい。再び末吉センター長に話を聞いた。
「例えば、経済を専門に学びながら醸造についての知識を持つことは、修了後の社会において大きな強みになります。また、異分野で培った研究プロセスは自身の研究にも刺激を与えるはずです。分野ごとに異なる方法論を学ぶことで、異分野の研究者への理解やリスペクトも深まるでしょう。これこそが融合型プログラムの利点です。日本酒は飲み物として人と人を繋げる優れた媒介ですが、研究者同士のコミュニケーションを高める研究対象としても価値があると考えています。さらに、日本酒学が他分野へと波及し、文系?理系の研究者がディスカッションする機会が増えることで、新たな研究テーマが生まれることを期待しています。日本酒と食のマリアージュを感覚的なものではなく、香りや成分分析と組み合わせてマーケティングや酒の開発に活用する研究が進めば面白いでしょう」
ますます複雑化し、競争力が求められる現代社会において、文理の融合をなくして課題解決やイノベーションは実現しない。イノベーションとは、新たな結びつきを生み出すこと。日本酒学は、その先行モデルとして極めて分かりやすく、新潟ならではの地域特性も活かされている。
現代社会文化研究科と自然科学研究科の大学院生が実習等を通じて交流し、互いに刺激を受ける
日本酒学、始めてみませんか?
新潟大学大学院現代社会文化研究科
経済経営専攻 日本酒学分野
日本酒学コース 博士前期課程1年
本田久美子さん
2023年の正月、何気なく飲んだ新潟のある純米吟醸酒。それが私と日本酒との出会いでした。たまたま飲んだ日本酒が、とても美味しく、それから日本酒のことをもっと知りたくなり日本酒学なる専門コースがある新潟大学大学院を発見、飛び込んだ次第です。
授業は遠隔受講がほとんどですが、夏の約1カ月間、自然科学研究科と文理融合で行なう日本酒の製造過程の基礎実習のため、ほぼ毎日登校し、文系出身の私は戸惑いながらも興味深い実験を行ないました。顕微鏡で酵母を目にした時の感動は忘れられません。
文系の同級生は中国人の二人です。二人とも勉強熱心で努力家で、私も大きな刺激を受けています。私自身は、現在「地域と日本酒の繋がりを原料米から考察する」ことを研究テーマに日々先行論文や関連事項の探索に勤しんでいます。同時に日本酒に関する専門授業も受講し、新しい知識や見方の発見に喜びを得ています。私は大学卒業後、30年以上経って大学院に入学しました。年齢や仕事、家庭のことを考えて受験に逡巡しましたが、思い切って入学して本当に良かったです。現代社会文化研究科の日本酒学コースは社会人学生がメインなので、その対応が充実しています。両研究科の先生方も本当に親身で、学生が抱く疑問や悩みに温かく応じて下さいます。みなさんも「日本酒学、始めてみませんか?」。
本田さん
日本酒学を通して培った多角的視点?課題解決力を将来に活かす
新潟大学大学院自然科学研究科
生命?食料科学専攻 日本酒学コース
博士前期課程2年 大場ななほさん
私が日本酒学コースに進学した理由は、酒造りでの微生物の働きなど自然科学的側面だけでなく、歴史やマーケティングなど社会文化的側面の理解も深めることができる領域横断型のカリキュラムに魅力を感じたからです。
本コースでは、新潟県醸造試験場での醸造実習や、酒造りの現場での技術や経営などに触れることができる酒蔵訪問など、研究室や講義室の中では学びきれない「酒どころ新潟」ならではの魅力あふれる講義を受講することができます。さらに、文理共修の場として専門分野の異なる学生たちと日本酒を多角的に理解するために様々な角度から議論し合う機会も豊富です。 私は研究では酵母を使いました。酵母はパンや日本酒の製造で「発酵」を担う身近な微生物ですが、人間の生命現象を理解するためのモデル生物としても利用されます。私の研究テーマは「酵母を用いた健康長寿に関わる遺伝子の探索」ですが、高品質な清酒醸造のための新たな清酒酵母開発への展開も可能です。日本酒学コースでの実習や文理の枠を超えた議論と交流、ボルドー大学への短期留学も経験し、これらは自身の研究を深める上でとても有意義なものとなり多角的視点や課題解決力を学ぶことができました。
修了後は大学院の研究とは異なりますが、人々の健康に貢献したい、という変わらぬ想いを胸に企業で機能性食品の研究開発に取り組み、本コースで学んだ多角的視点と課題解決力を活かし社会で活躍したいと考えています。
大場さん
※記事の内容、プロフィール等は2025年3月時点のものです。
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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第51号にも掲載されています。