科学の芽を育てる新潟ジュニアドクター育成塾

特集 2021.12.16

新潟ジュニアドクター育成塾は、2019年度に開始した事業で、意欲ある小中学生を対象に、新潟大学を中心に連携大学と新潟県内の博物館?植物園?企業などが協力して、地域の特色を活かした教育プログラムを提供している。本事業を通して育まれる能力、そして、将来の科学者発掘?育成のために大学が果たす役割について特集する。

好奇心に純粋に向き合える年齢で大学研究者と接点を持つことは科学と関わる子どもの姿勢を変える

未来の科学者を発掘 小中学生の科学の芽を育てる

新潟ジュニアドクター育成塾は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)次世代人材育成事業の2019年度採択事業としてスタートした。小中学生を対象に科学の芽を育てることを目指すもので、新潟県の豊かな自然を舞台にして、新潟大学の特色ある研究分野や教育施設、留学生を活用し、自然?生物?人に関する様々な課題をグローバルな視点で理解し、能動的学習の場を子どもたちに提供するものだ。この事業の背景と今後の 展望について、同事業?実施委員会委員長の理学部?淺賀岳彦教授に聞いた。

「育成塾では、高い意欲や突出した能力を有する小中学生を発掘し、さらに能力を伸長することを目的にしています。子どもたちがワクワクし、将来科学の道に進みたくなるような内容のプログラムを提供することで、自然と人間を愛し、共生を実現する未来の科学人材を育成します」

目指すのは育成塾を通し、子どもたちの5つの力を養うこと。「データから意味を見出す力」「牽引力」「知識?技能」「思考力?表現力」「国際感覚」という5つの力は、最終的に「自ら課題を発見し解決する能力」につながっていく。

参加対象は小学5年生から中学3年生。受講生は公式ウェブサイト等で募っている。この年齢から大学で研究される最先端の科学に触れることは、未来の理数系人材育成にとってどのように有効なのか。

「科学者を目指す際に必要な条件のひとつは好奇心です。その点、子どもたちはシンプルに自分の好奇心に正直に行動し、考えます。逆に年齢を重ねると社会的な価値判断や基準に影響され、好奇心に対して純粋に向き合えないように感じます。例えば、国際感覚を自然と身につけるために留学生とのコミュニケーションの場を設けていますが、日本人の現役大学生のほとんどは自主的に会話をすることをためらいます。彼らの中で『下手な文法の英語を話すのが恥ずかしい』という感情があるからです。ところが、塾生たちは物おじせず留学生と積極的に話します。自分の思っている疑問や興味に自信を持って向き合える年齢で、その疑問や興味に応えることができる大学研究者と接点を持つことは、子どもたちのその後の科学と関わる姿勢に非常に有益だと考えています」

新潟ジュニアドクター育成塾実施委員会委員長
理学部 淺賀岳彦 教授
留学生交流会

課題発見力と解決力を養う2つのプログラム

育成塾では、算数や理科への好奇心が強く行動力?人間興味力が高い地域の児童?生徒を発掘し、その能力?資質を育成する2段階の教育プログラムを実施する。新潟大学理学部と佐渡自然共生科学センターが中心になり、学内の他の学部や教育研究組織、県内外の大学、企業やミュージアム、教育委員会等と連携し進めている。第1段階の「マスタープログラム」の定員は40名。応募者の中から、「人間興味力」と「行動力」を重視し選抜される。

「積極的な行動力と意欲があること、人間活動や社会に対して興味を持っていること、人間社会と自然の関わりに思いをはせられること。このような視点を重視して、応募書類から受講生を選ばせていただいています」

最初の「マスタープログラム」では、数理科目やデータサイエンスの科学講座、地域の施設(植物園、博物館、大学研究所、企業工場など)での体験学習を通じ、課題発見力を育成する。

「まず塾生は、リテラシー講座で数理分野の基礎を学びます。大学内外での体験学習を重視している点も特徴で、佐渡自然共生科学センターや脳研究所を活用した研究体験を実施してきました。また、企業の研究現場を訪問し、科学が実際の社会でどのように役立っているのかを目の当たりにすることができます」

昨年以降、篮球比分直播感染症の拡大による制限下で、予定していたプログラムの中止という現状もあるが、オンラインを使うなど意欲的に進めている。

「オンラインを使ったプログラムには良い点もあります。地理的な制限にとらわれず、県内各地から広く受講生を集めることができる点です。地方の国立大学として、県域に幅広く大学の研究財産や教育を提供することは非常に重要です。同時に、実際に大学に来て実験機器等を使い、最新の研究に触れることも重要なので、両者の利点を組み合わせてプログラムを進めています」

「マスタープログラム」を経て、さらに選抜された塾生は第2段階の「ドクタープログラム」に進む。ここでは塾生が自らテーマを決め、その課題に対して研究し成果発表をする。また、佐渡合宿や福島大学による震災復興ロボット製作実習など、連携機関や企業での研究体験も行い課題解決力を育成していく。

子どもたちが科学そのものの意義を考えられる点でも新潟は強みを持つ地域である

科学の芽を育てる新潟という地域の強み

長い海岸線や広い田園風景、大きな河川と山脈、離島など、様々な自然環境を有する新潟県は、研究フィールドとして非常に優れている。子どもたちが希少な固有種や太古の地層に触れられるメリットは非常に大きい。一方で私たちは、雪害や河川の氾濫、地震など、自然が牙をむいた際に受ける甚大な被害についても身をもって知っている。人間生活が、いかに自然から影響を受けているのかを考える場が身近にある。雪国の特性を理解し、トキの野生復帰をはじめ、自然と人間が共生する社会構築のための取組を、目の前で見られる。塾生が新潟という土地で何を学び、それを経て社会でどのように活躍することが期待されるのか。

「私たちは、新潟ジュニアドクター育成塾を通して、子どもたちが『人類はどのように持続可能な社会を実現するべきか』という課題に意識的になり、その解決に取り組む研究者と企業人を目指すことを期待します。科学の発展は人類に幸せをもたらし、その一方で悪い影響ももたらします。福島の原子力発電所事故のように、科学には両面があります。研究者は、科学の重要性と責任を常に意識することが大切です。県内にも大きな原発があります。科学そのものの意義について考えられる点でも、新潟は強みを持つ地域だと思います。育成塾に参加する子どもたちが、自然を理解する喜びと出会い、ひとりでも多くが科学を志向する若者へと成長することを期待します」

イノベーションに寄与する理数系人材の育成と発掘は新潟大学の大きな使命

地域に貢献する大学の使命と育成塾の展望

現在、そして未来の社会から期待される人材像を想像することでも、育成塾の重要性が説明できると淺賀教授は続ける。

「日本は天然資源の少ない国です。イノベーションに寄与し、その対価で国際的な地位を確保していかなければなりません。そのためには独創性や創造性がある人材育成は欠かせません。ゼロからイチを生み出すには、子どもの頃から日常の社会活動とは異なる能力を身につける必要があると考えます。同時に、地球環境の変化が激しい時代では、SDGsの問題にも積極的にコミットしていかなければなりません。さらに、ますます重視されるデータサイエンスの分野ではAIの活躍が目覚ましい。その進歩により、現在ある多くの職業がなくなるとも言われています。つまり、創造性のある人材育成をしなければ、日本は未来を生き残っていけないのです」

日本海側最大都市に位置する新潟大学は、研究と同時に地域の人材育成と発掘もリードしていかなければならない。高度な技術や知識を有する人材を育てると同時に、人材発掘も大きな使命だ。

「理数分野に興味を持つ子どもたちは、日本全体で減少しているように思います。イノベーションを起こすのは科学です。理数系人材の発掘は必須なのです。そして、理数系進路を意識させるためには高校教育では遅いという考えもあります。科目として学ぶだけでは科学の面白さは半減してしまうからです。そのためには、それより以前に実際の科学の現場を見て、体験して、純粋な興味を持ってもらいたい。それを提供するのは、多領域で最新の研究施設を持つ総合大学でなければなりません。そこでは、教科書とは違う科学が展開されています。それが小中高の教室での学びと繋がるときに、優秀な人材が育っていくのだと思います」

糸魚川ジオパークでの体験学習
2021年8月8日にオンラインで実施された第3期生の入塾式

ジュニアドクターたちの学びに寄せて

子どもたちの能力や科学的な資質が磨かれることを目標にして

新潟ジュニアドクター育成塾 小野塚正史シニアメンター

新潟ジュニアドクター育成塾の優れた点は、小中学生が興味のある科学に対して、その専門家である大学教員からマンツーマンで指導を受けられる環境があることだと思います。子どもたちの表情は常にキラキラとしていて、熱心に取り組んでいます。研究者への質問時間には、彼らの疑問が途切れることはありません。そして彼らの質問や視点は非常に鋭く、核心を突いているものが多いのが特徴です。私たち大人がハッとさせられるようなものばかりなのです。元々、彼らが持っていた能力や科学的な資質が、新潟ジュニアドクター育成塾によって磨かれることを目標に、私たちも取り組んでいます。私はJSTによる5年間の支援期間終了後も事業を継続していくための取組が必要だと考えています。教員の負担を減らすために学部生や院生が関わることも良いでしょう。塾の先輩後輩たちの交流の場があれば、キャリア教育にも役立ちます。そのような仕組みや循環ができると、この意義ある事業が継続可能になるのではないかと思います。

小野塚シニアメンター

塾生たちの先入観にとらわれない鋭い観察眼に驚かされます

一正蒲鉾株式会社
ESG推進部 高橋麻梨衣さん?技術研究部 横井愛加さん

一正蒲鉾では、昨年マスタープログラムの体験学習をオンラインで開講しました。かまぼこの歴史や材料、作り方、新潟県の生産量や消費量などについて説明した後、工場でちくわやカニ風味かまぼこができる過程をライブ配信しました。また、塾生のご家庭に冷凍すり身をお届けし、実際にかまぼこ作りに挑戦しながら理解を深める体験学習を実施しました。すりつぶす過程での変化や、食塩を入れた場合?入れない場合の違い、ゆでた後の食感や味などについて観察することで、何気なく口にしている食材も科学的見地から探っていくと見方が変わっていくということを実感いただけたと思います。後日、「もう一回作ってみた」という塾生がいたことを聞き、改めて子どもたちの探究心の強さに感心させられました。また、質疑応答の時間には、通常の小中学校の工場見学では出ないようなハイレベルな質問が飛び交い、先入観にとらわれない鋭い観察眼に驚かされました。今後は、商品開発や新潟ならではの魅力発信など、さらに発展的な研究と体験が一緒に行えるよう、私たちも取り組んでいきたいと思います。

(左から)横井さん、高橋さん
工場見学(2019年)
オンライン体験学習(2020年):午前の講座では、蒲鉾の歴史、作り方などの説明があった後、工場にカメラが入り、ちくわやカニ風味蒲鉾ができる過程がライブ配信されました。
オンライン体験学習(2020年):午後の講座では、塾生の保護者の方からもご協力いただき、各家庭で蒲鉾づくりに挑戦しながら蒲鉾について理解を深める体験学習を実施しました。

受講生の声

マスタープログラム受講生(1)

今まで知らなかった分野に詳しくなったり興味を持ったりするきっかけとなり、参加して良かったと感じました。専門家の先生方が作った資料やお話に触れることができた点も良かったです。自分より上の学年の方たちや他の学校の方たちの発表、意見、質問などを聞く機会が、とても刺激になりました。初めての人たちとのオンライン形式での講座で、上学年の人たちの堂々とした受講姿勢を見て、私も見習いたいと思いました。

マスタープログラム受講生(2)

ジュニアドクター育成塾を受講する前までは理科や算数があまり好きではありませんでしたが、今はとても好きになり、理数系の成績も上がりました。興味があまりなかった分野の問題にも興味をもてるようになりました。大学の先生と話が出来たことも良かったです。いろいろな学年の参加者の意見を聞くことができて刺激になりました。

ドクタープログラム受講生(1)

私は数学の研究をし、そこで様々な式の証明に取り組みました。証明を行うのは初めてでしたが、先生方のご指導により、論理立てて考え、証明をする力が身につきました。その他にも探究心や創造性、粘り強さなど、科学で重要な多くの力が向上しました。また、他の受講生の課題研究の発表を聞く機会もあり、改めて科学の面白さを実感することができました。

ドクタープログラム受講生(2)

このプログラムに参加し、知らなかったことを調べ、興味をもち、解決することや解決策を考えることの楽しさを知りました。私は、霧箱を作り、目に見えない放射線の通った跡を観察しました。宇宙や地球には、目に見えない素粒子があり、不安定な原子核が崩壊して放射線を放ちます。今後は、なぜ中性子や陽子が増えたり減ったりするのか、原子で化学反応が起きないものがあるのか、などについて調べ、宇宙がどうやって出来たのかについて考えていきたいです。

※記事の内容、プロフィール等は2021年11月当時のものです。

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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第38号にも掲載されています。

新潟大学季刊広報誌「六花」

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