スイングバイ?プログラム

?若手研究者の一括採用による育成?

特集 2024.04.24

2021年度よりスタートしたスイングバイ?プログラム。
大学を取り巻く全国的な若手研究者不足に対する新潟大学の制度の一つであり、優れた若手研究者の確保と育成のために若手教員を一括採用、様々な支援をして育成している。
3年が経過したプログラムのこれまでの成果や今後の展望について特集する。

プログラムのロゴマーク。
スイングバイの軌道をモチーフにして教員が考えたもの

若手研究者の一括採用と融合研究への挑戦

新潟大学では、国内外で活躍する優秀な若手研究者を分野を超えて一括採用し、それぞれの専門の研究はもとより、分野をまたぐ融合研究へと展開していくための環境整備や、確実な研究資金獲得のための支援等を行う「新潟大学若手教員スイングバイ?プログラム」(若手教員一括採用育成制度)を2021年度から実施している。採用者は学系等に所属して教育研究を行うとともに、若手研究者等の育成?支援を担う研究統括機構を兼務。専門分野を高めると同時に、既存領域を超えた新たな展開に挑戦できるように様々な支援が受けられる。まずは澤村理事[評価?教員組織担当]?副学長が制度設計の経緯と趣旨について語ってくれた。

理事[評価?教員組織担当]?副学長 澤村明

若手研究者の登用機会をつくり魅力ある大学に

「時代の移り変わりで、研究者が必要となる研究分野も変わってきています。国立大学法人化以降新潟大学では、教員が所属する教員組織(学系?系列)と担当する教育組織(学部?研究科)を分けるとともに定員での管理から人件費をポイントに換算した『人件費ポイント』での管理(ポイント制)へ移行するなど改革を進めてきました。また、様々な議論の中で、優れた若手研究者を登用する機会を作らなければ大学の未来はないという意見も出てきました。そこで学長の裁量で運用する『学長裁量ポイント』を捻出し、大学の経営や機能強化につながる取組に配分したのです。そのポイント制を活用したのが、若手教員一括採用育成制度である新潟大学スイングバイ?プログラムです」

この制度では全学的視座で優れた若手教員を採用するため、大学の将来ビジョンの実現や強みの伸長といった観点も踏まえ学長や理事が直接選考に携わっている。採用後も研究報告会や懇親会など、学長や理事と直接対話ができる機会があるのも特徴だ。

篮球比分直播4年度スイングバイ?プログラム第1期教員研究活動中間報告会の様子。
学長や理事に対し、研究活動中間報告を行った

若手研究者が研究に専念できる職場環境を

一方で、若手研究者にとって魅力ある研究?職場環境を作るという側面から話をしてくれたのは、末吉邦理事[研究?大学院担当]?副学長だ。

「他大学などから本学に採用された若手研究者は、まず新潟大学の仕組みがよく分からないので、採用後に研究に取り組む環境を整えるのにも時間がかかり、研究がスムーズに進まないという課題がありました。少しでも早く研究に取り組むことができる環境を作るというのもこのプログラムを作った目的の一つなのです」

この制度で採用されるのは研究者としての経験が浅い世代。採用後3?5年程度は学系?部局と研究統括機構に兼務し、スタートアップ研究資金の給付、競争的資金獲得支援、講義の場での不安払拭のための教育方法に関する研修、異分野交流ができる同期コミュニティづくりなどを通して、教員として必要となる基礎的な力を身に付け、新潟大学で長く活躍できるよう育成する。

理事[研究?大学院担当]?副学長 末吉邦

大学全体の底上げにつながるヒントがある

スイング?バイプログラムはスタートから3年が経った。3年間で44名が採用され、大学全体の若手教員(40歳未満)の20%ほどの規模になる。このプログラムで採用された教員に対し、どのような印象を持っているのか。再び澤村理事に聞いた。

「これは若手教員全体にも言えることですが、非常にコミュニケーション能力が高く、自分の研究を専門外の人にも分かりやすく説明できます。また、将来のビジョンが明確で、情熱が感じられ、優秀なだけでなく学内の研究賞にも積極的にエントリーする気概があります。若手教員研究奨励のための学長賞を2023年度に受賞した7人のうち3人がスイングバイの採用者でした。また、研究をアピールするシンポジウムやイベントを自発的に開催し、高校生や大学院生たちへ研究の面白さを伝えてくれました。師匠の背中から技を学んだ一昔前とは違い、現代の若手育成には制度が必要です。総合大学である新潟大学には全学部の大学院があるので、ポスドク(博士号の取得後に大学や研究所のポストに就かず、研究職を続ける研究者)からスイングバイに繋がるルートの整備も検討したい。スイングバイには大学全体のレベルの底上げにつながる人材確保のヒントがあるように思います」

定期開催している若手教員と大学院生の交流イベント『はかせと!』。
2022年8月に行われたこの回のテーマは「博士の未来を考える座談会」。
宮下聡助教が、自らの経験に基づき研究者のワークライフバランスについて話し、
大学院生の将来への不安や疑問に向き合った

異分野の研究者と気軽に話せるコミュニティがある

異分野の研究者が気軽に意見交換
融合研究の契機に

続いて話を聞いたのは農学部の大谷真広助教。新潟大学で学位を取得後、博士研究員や特任助教を経てスイングバイ?プログラム1期生として採用され、1期生の代表を務める。

農学部?大谷真広助教

「このプログラムは若手研究者に様々な支援を与えてくれますが、まず任期のないパーマネントな採用であることで研究を続ける上で精神的な安心感を得られます。また、プログラムの同期の存在は大きく、彼らとは研究者としてのライフワークバランスなどについても同じタイミングで考え、話せることが多い。職場内に友人のような気軽な関係があるのは非常に心強いと感じます。この関係性があることで、誰かが思いついた企画を同期で協力してイベントとして実現することにもつながっています。また、何より貴重なのは異分野の研究者と意見交換ができる環境があることです。私は植物の見た目に関わる形質を決めるメカニズムの解明や、遺伝子組換えやゲノム編集など技術を用いて有用な形質をもつ新品種を創り出す研究を進めています。また、南極に自生するコケ植物の環境適応メカニズムの解明にも取り組んでおり、最終的には極寒地や砂漠などのような厳しい環境でも問題なく育つ植物を作りたいと考えています。他分野の研究者と話をしていると自身の思考が整理、ブラッシュアップされ、思いがけない指摘やアイデアから受ける影響はとても重要です。火星について研究する理学部?野口里奈助教との共同研究は同期会の存在があってこそのものです」

両助教は、火星模擬土壌を用いた「火星米」の栽培試験に取り組んでいる。火星での稲栽培に必要な水と土壌は現地調達を想定。地球とは異なる火星の土壌でも稲の栽培が可能なのか、探査データを基に作られた模擬土壌を用いて栽培試験、最適品種?育成条件の調査を行っている。

「実際に火星に住める時代が来た時のための技術開発です。農学は現実世界で研究することが多い学問ですが、他分野の研究者との交流の中で宇宙という気の遠くなるような大きなスケールで物事を考えられるようになりました」

このプログラムをきっかけにした融合研究はこれにとどまらない。同期の間だけでなく、期をまたいだ交流も行われており、それが融合研究を生み出す土壌となっているのだ。農学部の氷見理助教(1期生)と脳研究所の井上貴博助教(2期生)は中山間地域における畦畔の草刈り作業の身体的負荷に関する研究を行うなど、すでに複数の融合研究が生まれている。

氷見理助教(農学部)と井上貴博助教(脳研究所)による共同研究では、
中山間地域の畦畔の草刈り作業における従来技術とスマート農業技術での身体的負荷を比較するため、
リハビリ分野で用いられる心拍数測定という手法で評価を行った

分野を横断して深まるディスカッション
さらなる研究進展に期待

新分野を切り開く顕著な業績とユニークな研究

では、スイングバイ?プログラムは新潟大学の研究推進において具体的にどのような成果が上がっているのか。再び末吉理事は語る。

「採用された教員たちは、ブラックホールの観測やシロアリの王と女王の長寿機構、食品の固さの光学測定など、新しい分野を切り開くことが期待されるユニークな研究を進めています。制度の開始から2023年度までに学長賞を6名が受賞し、創発的研究支援事業に1名が採択されました」

この成果の背景には、前述の農学部?大谷真広 助教も触れていた同期コミュニティの影響が大きいという。文理の垣根を越えて若手研究者同士のディスカッションが深まることで、個人の研究はさらに深く幅を広げ、加えて融合研究の進展も期待される。

「プログラム採用者同士の交流により、分野を横断した様々な融合研究が生まれています。さらにプログラムの外へもネットワークを広げて、どんどん新しいことに挑戦してほしい。新潟大学は地域に根差した総合大学ですから、今後は地域特性を生かした研究にも期待しています」

2022年の新潟大学WeeKで開催されたイベント「研究者とバーチャル旅行へ出かけよう!」。
スイングバイ?プログラム採用教員1人のアイデアを同期が集まり形にした

スイングバイ?プログラムの成果と課題を新潟大学全体の若手研究者に波及させていく

新潟大学の研究力を推進する大きな力として

「スイングバイ」という言葉は元々、宇宙科学に関する用語。天体の重力を利用して、軌道を変更する技術を意味する。研究者は出身の大学や師と仰ぐ教員の影響を大きく受けるものだが、それらの重力を受けつつも、さらに未知の世界に向かって仲間とともに羽ばたこうという思いを込めて、このプログラム名が付けられた。

「スイングバイ?プログラム採用者には大学から様々なサポートが受けられますが、それらを通して大学教員の役割を俯瞰してみる力、つまり、教育も研究も両輪でバランスよく取り組むという視点を養ってほしいと思います。その視点は将来、研究室の学生を指導し、研究費獲得に必要な代表研究者としての資質を身に着けることにつながるはずです。そのためにもプログラムに対する学内の理解をさらに深める必要があります。現在、若手研究者が置かれた環境は平等というわけにいかず、部屋の広さや課された講義の数などは部局によって様々です。将来的にはスイングバイ採用者に限らず、若手研究者に対する部局のサポートは可能な限り揃えるべきと考えています。この制度で採用された教員との交流を通して若手研究者の置かれる状況が見えてきました。それらの課題を、新潟大学全体の改善につなげ、若手研究者全体に波及させていきたいと考えています」

新潟大学は本州の日本海側では最大規模の総合大学として、地域に根差し、地域との共創を推進しながら、未来志向でかつ世界に伍する教育?研究を展開することを目指している。若手研究者の育成と活躍はその推進にとって必須だ。

2023年12月に開催されたシンポジウム。
スイングバイ?プログラムの活動状況と課題が発表され、今後の展望について議論が交わされた

※記事の内容、プロフィール等は2024年3月当時のものです。

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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第47号にも掲載されています。

新潟大学季刊広報誌「六花」

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