データサイエンスでイノベーション創発を目指す
-ビッグデータアクティベーション研究センター-
2017年4月に新潟大学研究推進機構(当時)に設置されたビッグデータアクティベーション研究センターは、これまで構築してきた組織体制を整備?拡充し、教育と研究の強化を図るため、2023年4月から全学共同教育研究組織となった。その柱として、「分野融合研究」「人材育成」「産学?地域連携」の3つを掲げている。センターのこれまでの多様な取組や今後の展望を特集する。
企業や自治体と連携
各分野におけるイノベーションを創発
大変革の時代
センター設立の背景と経緯
21世紀に入り、ICTの急速な進化等により社会のデジタル化が急速に進んできた。近年その変化は目まぐるしく、日々膨大なデータが生成され続ける。国内外の様々な分野で課題が増大、複雑化する中で科学技術イノベーション推進の必要性はさらに増している。
新潟大学では、AIやデータサイエンスを基盤として研究と教育の活性化を図るため、2017年にビッグデータアクティベーション研究センター(以下、BDA研究センター)を設立した。ビッグデータアクティベーションとは、実世界センシング技術、ビッグデータ分析、深層学習に代表される人工知能等の情報通信技術を使い、医学、工学、農学、理学などの各研究分野に蓄積された大規模データから新たな知識を創発することにより課題解決を行う技術全般のことを指す。センターでは、これらの技術を核に高度な倫理観とデータリテラシーの下、学内より分野横断的に研究者を結集。学部や研究科等の既存の組織にとらわれず、従来の枠を超えた知識や価値を創出し、社会実装を目指す。2023年4月からは全学共同教育研究組織となった。センターの経緯と現在、展望についてセンター長の山﨑達也教授に聞いた。
「コンピュータとスマートフォン、インターネットがライフスタイルに不可欠なものになり、仮想空間と現実空間が融合することで、生活はさらに便利になっていきます。そのような潮流の中、2016年、新潟大学ではAI、IoT、ビッグデータ、サイバーセキュリティの強化のため、関連する教員が集まり『AI関連研究促進を検討するワーキンググループ』を発足させました。AI関連研究の分野で新潟大学にはどのようなシーズがあるのかを整理し、将来的に重視される分野横断研究を予見し、学内コラボレーションの可能性を検討したのです。その結果、基盤的共通設備やツールの整備、AI関連リテラシー教育と研究支援体制の必要性が明らかになり、発足したのがBDA研究センターです。2023年度から全学組織として、AIやデータサイエンスの教育を更に充実し、学外の企業や自治体等との連携を図った上で、各研究分野におけるイノベーションを創発することを目指します」
BDA研究センターではAIやデータサイエンスにおけるヒューマンネットワークの活性化を目指し、デジタル社会における「分野融合研究」「人材育成」「産学?地域連携」の推進を活動の三本柱として位置付けている。
データサイエンスで総合大学の利点を最大限に活用
異分野の研究連携を促進
BDA研究センターが柱に据える「分野融合研究」を進める融合研究ユニットでは、イノベーション創発のための研究ハブとして異分野の研究連携を促進する。ユニット長の早坂圭司教授に聞いた。
「分野融合研究を促進するため、BDA研究会という研究交流の場を開催しています。研究会は過去6年間で約30回開催され、センターのメンバーによる研究紹介や外部講師による講演、学内外の情報交換が行われてきました。また、BDA研究センターに所属する教職員による共同研究の成果をウェブサイトで可視化し、分野融合研究をしています。共同研究の中でもARCE(Autonomous River Control Engineering)プロジェクトは順調に成果を挙げており、BDA研究センターにおける代表的な分野融合研究の一つです」
ARCEプロジェクトは流域治水に関する研究で、IoTによるマルチセンシングとCPS (Cyber Physical System)を基盤とする河川災害の能動的な制御システムの開発を目指している。主要メンバーは、災害?復興科学研究所/研究統括機構の安田浩保研究教授と工学部の村松正吾教授、そして早坂圭司教授だ。
「河川の力学は非常に複雑ですが、ビッグデータを用いることで川の蛇行の状況を予測できるようになりました。安田研究教授は実験室内に河川の模型を設置し、レーザーを用いて流れの状況を刻一刻と記録できる世界初のシステムを構築しました。そのデータを工学部の村松教授が機械学習のシステムを使って高度に分析できるようにしました。また、安田研究教授はマイクロ波レーダを使って信濃川の流域50キロをリアルタイムで同時測定し、そのメカニズムを解明する研究にも取り組んでいます。これは新潟大学の融合研究の先駆けであり、他にも10以上の分野融合研究が進んでいます」
異分野との研究連携のメリットは、従来のやり方では見えなかった新しい視点が生まれることだと早坂教授は話す。
「分野が違う研究者が対峙した際の最初の障害は、言語が合わないことです。例えば理学と工学では、同じ対象を指していても使われる用語が異なる場合がしばしばあり、融合研究を難しくしている一因です。しかし、私はデータサイエンスは分野を超えた共通基盤であり、融合研究で最も扱いやすい領域だと考えます。センターは異分野の研究者の知識が混ざり合うサロンのような場。総合大学の利点を最大限に活用することができるのがデータサイエンスなのです」
データサイエンスを全学部生の必修科目に
続いて話を聞いたのは人材育成ユニット長の山田修司教授。BDA研究センターの柱の一つである「人材育成」の取組について聞いた。
「BDA研究センター設立当時、政府が掲げるAI戦略の下、文部科学省が数理?データサイエンス?AI教育を全国の高等教育機関に展開し始めました。2019年度には新潟大学も数理?データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム協力校に選定され、全学生を対象とするデータサイエンス教育実施の環境整備を加速させました」
その流れを経て、BDA研究センターでは全学向けの講義としてデータサイエンスリテラシー科目を設計し、2019年度第2学期より開講した。
「データサイエンスリテラシー科目は3段階に分けられています。入門の『データサイエンス?ベーシック』は、2単位で全学部の必修。データサイエンスが現代社会とどのように関わり、利用されているかを理解します。座学とオープンデータを用いたグループ学習を行う科目や、学生一人ひとりがPCを用いて実際のデータを分析する実習形式の科目等学部に合わせた科目が用意されています。次のステップはパッケージ型マイナーの『データサイエンスリテラシー』で、12単位で応用レベルの内容を学び、仕事や研究に活用できる知識の修得を目指します。さらに上位のオナーズ型マイナー『データサイエンス』は24単位で専門?実践的なレベルの内容。社会や企業の即戦力になる人材を育てるのが目標で、6週間のインターンシップも組み込まれています」
全学分野横断創生プログラム(NICE)のマイナーとして全学部生がデータサイエンスを体系的に学ぶことができるのは新潟大学ならでは。各学部の専門にデータサイエンスの知識が加わることで、新たな研究や実社会で必要とされる人材育成につながる。
また、大学院生向けのデータサイエンス科目2019年度より開講している。こちらは実務でデータを活用している企業の担当者が講師として登壇する、より実践的な講義となっている。
データ活用でイノベーションを起こす人材を育成する
データ利活用で地域を変革する実務者を育成
BDA研究センターでは、データ活用やAI技術応用などで学外と連携し、共同研究や地域課題解決への取組を推進している。2021年からは新たに『データ駆動イノベーション新潟D2IN)』という、産学官によるデータ利活用に関わる活動を開始した。D2INの企画委員会には、新潟大学、新潟工科大学、新潟県及びIT関連企業等が参画し、各組織のデータ利活用に関する活動の情報交換やセミナーの共同開催を行っている。話を聞いたのは、地域創生ユニット長の飯田佑輔准教授だ。
「データを活用して事業にイノベーション起こす人材を育成するための産学官連携活動は、全国的にもまだ少なく県内においては存在しませんでした。本活動では、産学官連携活動を通し、AIとビッグデータを有効に扱える実務者人材の育成を目的にしています。また、データを利活用した地域課題の解決も目指します」
活動の一つである「データ駆動実習」は、講師が一方的に情報を伝達するセミナーとは異なり、企業の当事者が抱える課題意識に基づいて個別に対応する。課題設定からデータ利用方法、ソリューション発見を体得することを目的としている。しかし、企業が置かれている状況や抱える問題は個別のもので、「DXといっても何からしてよいか分からない」という声が多いのも実情だ。「そのために現状把握とDX教育のボトムアップが必要」と飯田准教授が話す。
また、「データ利活用で地域の課題を解決し、社会イノベーションにつなげる」という思いを共有価値にするコミュニティ「リビングラボ」にも取り組む。
「地域が抱えている諸課題に対し、関係するメンバー(教員と行政?地域団体?住民?企業など)が議論し、課題設定→データ収集→データ分析→施策立案→実施検証をくり返し、課題解決を目指します」
さらに、セミナーを開催し、データ駆動イノベーションに関する先進技術の動向や成功事例を講演。データ駆動実習とリビングラボの報告も行う。ラウンドテーブルで気軽に事例を紹介する場も設けられ、参加者からは参考になったという声があがった。
「産と民、それぞれが課題を発見し、解決に取り組めるよう、間に入ってサポートしていくのがセンターの役割だと考えています」
21世紀の生き方に新たな価値と意味を生む革新に直結する組織
データサイエンスの基盤をより強固に
今後もデジタル化の潮流は不可逆的に進み、社会の各方面で積極的なデータの利活用が求められる。AIやデータサイエンスは一般化し、これらのリテラシーに関する教育は高等教育機関では必須になる。BDA研究センターは新潟大学においてAIやデータサイエンス等に関わる教職員の力を結集する場である。新潟大学として国内、世界へどのようなインパクト、立ち位置を主張するものになるのか。再び山﨑センター長に聞いた。
「社会課題解決のための実態を伴ったものとしてデータを集め、分析し、フィードバックする場を築き上げていきます。新潟ならではの課題に対して、ソリューションを提供し、その成果をさらに国内外に共有できればと思います。例えば県内の特産ル レクチエの人工授粉。センサーとメカトロニクス、ソフトとハードウェア技術を結びつけることで効率化が実現すれば、その成果は、海外の果実栽培に影響を与えるでしょう。新潟で取り組むべき課題に向き合っていくことが、国内さらに世界へとつながっていきます。地域のデジタル化を「データ立県にいがた」という形に結実させることが目指すところ。止まることのないデジタル化の波の中で、新潟大学の研究、教育におけるAI及びデータサイエンスの基盤をより強固にするためにBDA研究センターを発展させていきます」
データサイエンスにより生まれた研究結果や技術を社会に実装するためには、人文社会科学分野の知見が必要になる。そこに総合大学としての新潟大学の強みがある。BDA研究センターの取組は、新潟大学が将来ビジョン2030で掲げた「未来のライフ?イノベーションのフロントランナーとなる」の宣言を体現するものだ。21世紀を生きる私たちの「生命」「人生」「生き方」「社会の在り方」「環境との関わり」と、それらの土台となる「地球」や「自然」についての新たな価値と意味を生み出すための革新に直結する組織である。
教育プログラムを履修して
将来の目標は科学技術と社会
理系と文系を繋ぐ橋渡し役
人文学部4年
Cho Yunbinさん
私は、オナーズ型マイナーの「データサイエンス」を履修しました。2022年の夏休みには、データサイエンスインターンシップに参加し、自然言語処理を用いた「ケアプラン推薦システム」を開発しました。
本プログラムを通じて、私は線形代数学と統計学、PythonやRを通じたデータ処理を体系的に学ぶことができました。以前はA Iに漠然とした不安を持っていましたが、今ではAI作成ができるレベルまで成長し、AIが持つ無限の可能性と限界について分かるようになりました。また、本プログラムの学習と専攻の言語学を両立することで、学問の境界を越えて広い視野を持てるようになりました。今後も社会は科学技術で変化し続けます。理系の技術力と文系の思考力を応用する力は、様々な課題を解決するために必要かもしれません。
データサイエンスプログラムは、私の人生のターニングポイントとなりました。上記の学びを基に、私は科学技術と社会、理系と文系を繋ぐ橋渡し役として活躍することを目標にしています。
D2INデータ駆動実習への期待
実社会で活躍するIT人材の育成を目指して
株式会社BSNアイネット
執行役員/イノベーション推進室長 CreativeLab Director
坂田源彦さん
当社はこれまで産学連携及び新潟地場でのIT人材育成協力に向けて新潟大学と 長期に渡り共に活動させていただいております。その核となるのがBDA研究センターの 活動であり、そこから誕生したD2INです。
私は地域課題解決×ITの取組から当社内とグループ内でイノベーションを起こすこと をミッションに持つ者です。また、NINNOというイノベーション拠点施設で様々な企業同 士のコンソーシアム型プロジェクトに関わっていることから、D2INの特にリビングラボと しての取組を推進させていただいております。今後、NINNO ACCADEMIAというオー プンアカデミー向けプログラムの一つとしてD2INのデータ駆動実習を盛り込むことで、 より広くIT人材を育成し、そこから実社会で活躍する人材を育成していきたいと思いま す。これらの活動を通し、データ駆動型社会実現に貢献してまいります。
D2INデータ駆動実習への期待
データ駆動実習を受講して
JCCソフト株式会社
田邊京平さん
2022年度にBDA研究センターの主催する、データ駆動実習を受講させていただきました。私自身も新潟大学出身なので、このような関わりをいただけたことを非常に嬉しく思います。
データ駆動実習では、自社で課題を決め、先生方から指導いただきながら課題解決を行いました。弊社の課題は、工事公告からその工事の工種を推測するというものでした。メンバーは各々で自然言語処理等を学んでいるものの、自分たちで試行錯誤するような経験はまだ少なく、「データをどのように見て扱えばよいのか」を先生方と議論し考えることはとてもいい機会になりました。実習を重ねるたびに、自分たちでデータを分析して考え、ものづくりができるようになったと感じています。さらにレベルアップし、弊社の魅力的な製品創りに繋げていきたいと思います。
※記事の内容、プロフィール等は2023年7月当時のものです。
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掲載誌
この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第45号にも掲載されています。