火星を求めて
若手研究者コラム「暮らしに寄り添うひらめきのカケラ」
水、生命、資源???惑星科学研究のホットワードのすべてを持つ天体?太陽系第四惑星火星。近年の研究結果は、人々を地下浅部へ駆り立てた。
「火星の水?欲しけりゃくれてやる。探せ!人類が利用可能な水は地下浅部にあるはずだ!」
研究者たちは火星地下浅部を目指し、夢を追い続ける。世はまさに、大火星探査時代!
…というわけで、近年、火星探査熱が全世界的に高まっています。これまでアメリカや欧州主導で行われることの多かった火星探査に、アラブ首長国連邦と中国が参入し、2021年に火星に到達?探査を開始しました。今後、火星探査活動がますます充実していくことが期待されます。
火星は地球と比べて規模や数が極端な地形のある、おもしろい世界です。火星自体は地球よりも小さいのですが、エベレストより高い山々(例えば、オリンポス山。標高21km)やグランドキャニオンより長く深い峡谷(例えば、マリネリス峡谷。長さ4000km、最深部で深さ7km)があったり、地球では限定的にしか見られない火山地形があったりします。私はこれらの地形?地質の成り立ちに興味を持っています。
さて、火星の地形?地質を研究すると言っても、現時点(2022年時点)で人間は火星に行けていません。なのに、どうやって研究するのでしょうか?私は2つのアプローチをとっています。
手っ取り早いのは、火星探査機によって得られたデータ(リモートセンシングデータ)を解析することです。軌道上からのカメラ撮影で、最高解像度25cm/ピクセルの画像が得られていて、メートルスケールの地形だけでなく地層も調べることができます。ほかにも、高度計や赤外カメラ、地下レーダーなどによって、地形や鉱物、地下構造のデータも取得されています。これらのデータを統合して解析することで、その地形?地質がどのようにしてできたのかに迫ることができます。これまでに、地球では珍しい火山地形「ルートレスコーン(※)」の形成条件を調べたり、火星の大峡谷「マリネリス峡谷」の壁に露出している地層と地下レーダーの関係から地下氷の分布可能性を調査したりしました。
地球上の似たような場所(アナログサイト)での現地調査も私が重視している研究手法です。上述のルートレスコーンの研究をするために、アイスランドやハワイへ調査に行き、詳細な地形の調査や岩石採取を行いました。また、最近では、寒冷かつ乾燥した貧生物環境である南極露岩域での火星模擬研究にも興味を持っています。
将来の火星有人探査に向けた準備も行っています。上述の南極露岩域を火星模擬地とすることで、火星を調査する宇宙飛行士のトレーニングができるのではと考えています。また、実際に人類が火星表層の地質調査をする際、効率よく調査を行うために、画像解析?機械学習?無人航空機(いわゆるドローン)を援用した調査方法の開発をしています。最近では、新潟大学に着任したのがきっかけで、火星模擬土壌を用いた火星米の栽培試験にも取り組んでいます。火星で米を栽培するには水と土壌が必要です。現在、火星の地下氷分布を知るための探査ミッションや火星浅部地下環境探査が提案?検討されており、それらの探査にも将来積極的に関わりたいと考えています。
(※)溶岩と水の接触によって起こる連続爆発で形成される小丘状の火山地形。直径300m以下であることがほとんど。地球上では、アイスランドに多数のルートレスコーンからなるルートレスコーンフィールドがいくつか存在するが、他ではハワイ島沿岸部等に小規模に存在する程度で一般的な地形ではない。一方で、火星には広大なルートレスコーンフィールドが存在する。
アイスランドでの火山調査中の様子。ルートレスコーンと呼ばれるこの地形は、火星には多く見られる一方、地球上ではアイスランドやハワイなどの限られた場所でしか見られない。
南極での火星模擬地探索中の様子。道なき道を歩き回って岩石?水を採取する。
プロフィール
野口里奈
博士(理学)。専門は惑星火山学。火星と似た地質?風景?環境での調査研究に力を入れている。東京大学大学院博士課程修了後、産業技術総合研究所、東京工業大学、宇宙航空研究開発機構を経て2021年から新潟大学自然科学系助教。新潟大学若手教員スイングバイ?プログラム採用教員(1期)。これまでにアイスランドやハワイでの火山調査のほか、小惑星探査機はやぶさ2プロジェクトチーム、第61次?63次南極地域観測隊に参加。2021年12月に共著書「火星の歩き方」を出版。
※記事の内容、プロフィール等は2022年11月時点のものです。