アニメ中間素材に秘められた創造性
新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターの現在
学術研究対象としても国際的に高く評価され、注目を集めている日本のアニメ。新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターではアニメ中間素材の保存?分析?活用等に係る特色ある研究活動を展開している。アニメ制作の実態とアニメ文化の継承の意義や、他分野への活用の可能性、将来の展望について特集する。
アニメ制作過程の資料を保管?分析
2016年4月に発足した新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターでは、アニメ演出家?渡部英雄氏より管理と保存を一任された1970年代から90年代末までのアニメ中間素材である「渡部コレクション」及びガイナックス社から委託された劇場アニメ『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の中間素材を、アーカイブ化?デジタル化し、整理?分析をしている。
「中間素材」とは、アニメ作品が完成に至るまでに必要なシナリオや絵コンテ、各種設定集、原画、セル画などのこと。これらは作品制作における貴重な一次資料だが、作品完成後の現場では資料の保管に苦渋しており、散逸の危機にさらされてきた。本センターは、それらの資料を整理?デジタル化し保全することで、日本のポピュラーカルチャーにおいて重要な一翼を担ってきたアニメのアーカイブ化を行い、国内?国外研究者に閲覧可能な研究拠点として整備することを目的としている。アニメの制作過程について実証的かつ理論的な研究が可能な国際的アニメ研究拠点の形成に向けて、中心となる経済科学部/アジア連携研究センターの石田美紀教授とキム?ジュニアン准教授に聞いた。
左:キム?ジュニアン 准教授
アニメ中間素材には関係者たちの生々しい試行錯誤やその時代の社会の断面が刻まれている
きっかけとなった「渡部コレクション」
センター発足のきっかけになったのは「渡部コレクション」。アニメ演出家であり現在は大学においてアニメ制作を指導している渡部英雄氏から管理と整理を一任されたアニメ中間素材だ。渡部氏は、『宇宙大帝ゴッドシグマ』、『わが青春のアルカディア 無限軌道SSX』、『夢戦士ウイングマン』、『GIジョー』(日米合作)、『11人いる!』、『北斗の拳2』、『機動戦士Zガンダム』、 『機動戦士ZZガンダム』、『銀河英雄伝説』、『新世紀エヴァンゲリオン』など多くの制作現場で中核的スタッフとして活躍してきた人物。氏が所有してきた中間素材は、作品を見ているだけでは分からない関係者たちの生々しい試行錯誤を垣間見ることができるものだ。
「渡部先生からお預かりした中間素材は、先生が制作に関わっていた1970年代から1990年代までのもので、第2次?第3次アニメブームというアニメ史上の重要な時期と重なっており、産業的?美学的側面からのアニメ研究の貴重な手がかりになります。キャラクターデザインから絵コンテ、原画、セル画、背景画、脚本、アフレコ台本、さらにスタッフによる手書きのメモに至るまでアニメ制作の様々な段階と局面を示しており、海外からの受発注関連素材も多く含まれています」(石田教授)
「2012 年に韓国?ソウルで開催された日本のサブカルチャーに関するコンファレンスで渡部先生が講演をされました。講演後、先生とお話したときに所蔵されているアニメ中間素材の存在を知りました。その後、私は2014 年に新潟大学に着任し、ご縁あって先生に資料のことを再度伺う機会を得て、『資料を保管?研究への有効活用に』とお申し出くださいました」(キム准教授)
2016 年、それらの中間素材は「渡部コレクション」と命名され、新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターが研究グループとして立ち上がった。これは映像研究の専門家である石田教授と、アニメーション研究の専門家であるキム准教授という、アニメ中間素材に興味のある複数の研究者が学内にいたことが大きい。
アニメ中間素材が伝えるもの
中間素材には、デジタル化とともに失われた仕事や技術だけでなく、その時代の国際社会?日本社会の断面が刻まれている。制作現場で使用されてきたアニメ中間素材には、そのとき現場で何が起こっていたのかを伝える痕跡が多くあり、そうした資料を直接分析することには非常に大きな意義がある。
「例えば絵コンテには制作における様々な指示や修正などが書き込まれています。それはマニアやコレクターだけが喜ぶものではありません。制作の進行状況、工程表が物的証拠として残り、学術的資料として一級のものなのです。個別のアニメ作品自体に愛着のない人でも学問として参画できる資料体であり、私たちのアニメ研究の視座には、法や経済、科学技術も含まれています。例えば1980年代に日米合同で制作された『GIジョー』。中間素材からは両国間ではメディア環境も経済的な環境も違ったことが分かります。そこにはアメリカ式の横組み絵コンテと日本式の縦組み絵コンテの間で試行錯誤したクリエイターたちの苦労を垣間見ることができます。また、国内のアニメ制作はアフレコが主流でしたが、アメリカでは音声が先に録音されています。制作作業をアメリカより日本で行ったほうがコストが安くなるなど、当時の経済?政治的な状況や世界における日本の立ち位置も見えてきます」(石田教授)
国内外の研究者たちが貴重な資料にアクセスし活用できるアニメ研究の国際的な研究拠点に
アニメ研究の国際的拠点を目指す
新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターが掲げる目的の第一は、国内外のアニメ研究者が貴重な中間素材にアクセスし、研究に活用できるようにすること。つまり、アニメ研究の国際的研究拠点としての機能を果たすことだ。
「アニメを特殊な国の文化として捉えるのではなく、メディア文化のひとつとしてアプローチすることが現在の世界の潮流です。欧米やアジアの大学で日本文化研究と言う際、その対象は源氏物語などの古典ではなく、現代メディアを指す動きが現れている。海外研究者や学生にとってもアニメの中間素材は魅力的な研究対象だと思います」(キム准教授)
センターの立ち上げ以降、膨大なセル画や紙資料などのアニメ中間素材は、一点一点に記された書き込みや指示を漏らさずにデジタルアーカイブ化が行われてきた。効率の良い検索と閲覧を可能にするために、データベースが構築された。また、劣化の激しいセル画を保存する方法の開発も進められている。どちらも学内の理系研究者の協力のもと開発されたものだ。このように中間素材はアプローチを変えることで新たな研究領域に広がっていくことが証明された。これも、多分野の研究が行われる総合大学としての強みといえる。
「中間素材からは人の動きやモノ、お金の流れも分かります。描かれた絵だけでなく、制作を支えてきた体制へフォーカスすることも可能です。また、商業アニメの他にも宗教団体などのクローズドな組織のために作られた作品資料もあります。まさに、20世紀後半の映像文化が立体的に読み取れるのです。私たちはコレクターではなく、世界共通のアニメ文化という視点で中間素材に注目していますし、それは同時にさまざまな研究者にとっても魅力的な素材であると言えます。研究チームには韓国やマレーシア出身者もいて、日本のアニメに詳しい海外研究者と話していると意外な発見があります。それは海外からの視点を通して今まで知らなかった日本を知ることにつながります」(石田教授)
教育現場への活用と発展
センターの目的の第二は、大学の教育現場での活用だ。センターが収蔵するアニメ中間素材は、2016年度から新潟大学の実習型講義に導入された。学生はアニメ制作のプロセスを学ぶことで、表現方法はもちろん、流行や歴史、技術の進歩、働く環境、セルや絵の具などの素材の変化、発注内容や合作に見る国際関係などを、幅広く学ぶことができる。学生が素材の分析を通して、作品が生み出されるまでのプロセスを実証的に確認することで、モノとしての素材が語るアニメの現場、歴史、スタイル、美学についての知識を主体的に獲得することを狙いとしている。
「教育現場でのアニメ中間素材の活用における今後の課題は、学生たちが講義で得た成果をいかに継続させ、発展させていくかにあります。多分野に展開できる研究素材だからこそ、学術的でありつつ、実践的なカリキュラムを整備することによって、アニメ?アーカイブの果たす役割は複合的となり、いっそう重要なものになると期待しています」(キム准教授)
研究成果を社会に還元
第三は、地域や映像?アニメ業界と連携し、研究の成果を社会に還元することだ。センターが保管するアニメ中間素材とそのデジタルデータは、国内外のシンポジウムや論文発表、新潟?シンガポール?東京?スウェーデンでの『王立宇宙軍』中間素材展への協力などで積極的に活用され、国内外の学術界とアニメ業界から高い評価を得ている。 また、新潟市の文化芸術活動の活性化を図る「アーツカウンシル新潟」とも共同で事業を行ってきた。
2022年3月22日には経済科学部と開志専門職大学アニメ?マンガ学部が学術交流協定を締結。アニメ中間素材の保管?分析?活用に関する共同研究を活性化し、アニメ?アーカイブ研究拠点を新潟市に築くことを目指し、連携を図っていく。
「新潟市は多くのクリエイターを輩出してきたアニメ漫画の街ですが、これまでは観光プロモーションの側面からスポットを当てられることが多かったように思います。地方の国立大学でアニメ?アーカイブの整備、研究が進むことで文化的な側面を生み出すことが可能になります。地方都市でこのような動きが顕在化すると一気に求心力が出る。様々な可能性が開けてくると期待しています」(石田教授)
経済科学部と開志専門職大学アニメ?マンガ学部との学術交流協定調印式。協定書を掲げる両学部長
アニメ文化という世界共通の視点
世界のどこにもない資料に触れられる貴重な機会がここにはある
新潟から世界へ 国際研究拠点に向けた展望
本センターの取組は新潟大学の将来におけるあるべき姿を示す目標として掲げられた「新潟大学将来ビジョン2030」とも共振する。研究ビジョンの項では、「新潟大学は、個性ある最先端研究と多様な基礎研究を育む環境を整備する中で、ライフ?イノベーションに関わる全学の知を結集した研究フラッグシップを作り、未来社会に向けて価値ある国際水準の研究を生み出していく研究志向型の大学となる」とある。
「アニメは国内外から関心が持たれている領域です。パッと聞いた感じはキャッチーで、アプローチとしては魅力的な分野だとは思いますが、実際の研究はかなり緻密な作業が要求されます。決して軽々しくなく、海外からの留学生や研究者の間では文学や哲学のような重厚なものと考えられています。本センターの資料やネットワークは海外の研究者も活用できるものですし、学生たちがこの資料に触れた経験や得られた視点や学びは大きな自信になるものだと思います。世界のどこにもない資料に触れられる大変貴重な機会がここにはあるのです」(キム准教授)
「中間素材をみていくと、アニメ作品は誰かひとりのアーティストの名前に帰せるものではなく、非常に多くの人々の参加があって成立しているものだと分かります。そのため著作権の複雑さが研究を進める上での課題のひとつになっています。私たちはそのような業界のルールやマナーに配慮し、信頼される研究と成果を発信しなければなりません。アーカイブ構築は過去の整理ではなく、未来のためのもの。アニメ制作という文化を継承していくための意義があるのです」(石田教授)
他大学が着手してこなかった先進的な研究が新潟大学で行われている。新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターは、分野横断が可能な新潟大学の新たな研究力創造の一翼を担う。
プロジェクトに参加する新潟大学教員から
新潟大学経営戦略本部 評価センター
今井博英 准教授
アニメ?アーカイブ研究センターで所蔵しているアニメ中間素材を、インターネットを通して研究者が検索?閲覧するためのデータベースシステムを開発しています。中間素材には様々なものがあり、セル画や絵コンテ等の画像や、アフレコ台本等の文章、さらに、それらに書かれた手書きのメモ等も貴重な資料となります。開発しているシステムは、中間素材を効率的に検索?閲覧でき、さらに、研究者から素材情報のフィードバックが得られるようなものを目指しています。
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新潟大学自然科学系(工学部材料科学プログラム)
三俣 哲 准教授
セル画とセル画の間に挟まれた紙をきれいに剥がすための手法を探索しています。この世にひとつしかない貴重な原素材は実験に使うことができないため、紙とセル画が70年程度接着したままの状態を復元した試料を作製することから始めました。吸水率や温度などの条件を変えて剥離試験を行い、セル画を傷つけることなくきれいに剥がすための条件を模索しています。この研究は、また、高分子材料の分子レベルでの接着メカニズムの解明にもつながります。
センターへの期待
イギリス?ダラム大学
ダリオ?ロッリ 助教授
アニメは日本文化のなかで最も創造的な領域です。しかし、私たちはこの形式のことをよく知りません。アニメの運動はどんな素材から生み出されるのか?どうすれば中間素材の劣化を防ぐことができるのか?設立以来、アニメ?アーカイブ研究センターはアニメ制作会社や文化行政担当者と積極的に対話しながら、これらの問題に取り組んできました。その先進的なアプローチから、同センターはアニメの国際的研究拠点として高く評価されています。
開志専門職大学 アニメ?マンガ学部
神村幸子 学部長
弊学部では、開学部前からアニメ?アーカイブを学部の中核研究と位置づけていました。そこで同じ新潟市にある新潟大学アニメ?アーカイブ研究センターを訪ね、先行研究に学ぶことから始めました。新潟市は「マンガ?アニメのまち にいがた」です。行政と連動するとともに今後もシンポジウムや学術研究、新潟国際アニメーション映画祭などで新潟大学と協働し、アカデミックな側面から新潟の文化ツーリズムの一翼を担っていきたいと考えております。
関連リンク
- アジア連携研究センター「アニメ?アーカイブ研究」
- 展覧会「原画から見る1980年代TVアニメ」(2022年9月7日~11月4日、旭町学術資料展示館)
- 展覧会「原画から見る1980年代TVアニメ」関連イベント
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掲載誌
この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第41号にも掲載されています。