回り出した総合診療医の循環型育成サイクル

特集 2022.06.02

複数の疾患を抱える高齢患者が増加しライフスタイルも多様化する社会。新潟大学医学部医学科では、2020年12月に総合診療学講座を設置した。この講座では、患者の複数疾患や生活上の課題を総合的に診ることができる医師を継続的に育成するとともに、後進の育成に関わる人材を継続的に輩出する循環型医師育成サイクルを新潟県で構築するため、様々な事業を展開している。医師不足が特に深刻な新潟県において、大学、自治体、医師会が一体となって始めた取り組みを特集する。

高齢社会の医師に求められる総合診療能力

より質の高い医療の提供や医学研究を行うために、専門分化?高度化が進む日本の医療。専門領域に特化した医師が、その分野でさらに知識と経験を深める一方で、専門外のケースには対応しにくいという点が課題になっている。高齢化はさらに進み、社会からの医療ニーズが変化していく中、専門を超え、異なる臓器で複数の疾患を抱える患者に対応できる「総合診療能力」を持った医師の育成?確保が求められている。

このような医療を取り巻く状況の中、新潟大学医学部医学科では、厚生労働省による公募事業『総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業』に応募。『新潟から総合診療医を育成する新たな挑戦:オール新潟体制での総合診療医育成コース【新潟方式】の確立(Niigata Training Methods for Generalist, NTMG)』が採択されたことを受け、2020年12月、新潟大学医学部医学科総合診療学講座を開設した。患者個人の複数疾患や生活上の課題もみることができる総合的な診療能力を持つ医師を養成するとともに、後進の育成に関わる人材を継続的に輩出する「循環型」の医師育成サイクル構築を目指す。染矢俊幸医学部長に聞いた。

「人口当たりの医師数が少なく、いわゆる『医師不足』の新潟県において、総合診療医の育成は大きな命題。医師偏在の新潟で質の高い地域医療を守ることは、新潟大学医学部の大きな使命だと認識しています。総合診療医を考える際、専門医(スペシャリスト)と総合医(ジェネラリスト)という相反的なカテゴリーで捉える必要はありません。医師の能力の多様な組み合わせとして捉えると、医療機関や地域によって様々な総合診療医のスタイルがあることが理解できます。場合によっては専門医?総合医間の移行も可能なのです。もちろん、全ての医師が総合医になる必要はありませんが、一方で『ジェネラルマインドを持った医師の育成』は非常に重要です。医学部医学科総合診療学講座では、国際性と先端性も同時に獲得できるシステムを目指すことを基本コンセプトとしています」

染矢俊幸 医学部長染矢俊幸 医学部長
総合診療学講座 上村顕也 特任教授総合診療学講座 上村顕也 特任教授

全身を診る幅広い医学的知識と患者に寄り添う気持ちを持つ全人的な診療を行える医師を育てる

幅広い知識と寄り添う気持ち全人的な診療

「総合診療医」の明確な定義は難しく、そのイメージは医師の経験や働く環境によって異なる。一般的に認知されている地域医療や訪問診療に特化した医師の他、プライマリ?ケア認定医や病院総合医など関連する様々な専門医も「総合診療医」に含む場面がある。このように『狭義の総合診療医』が存在することで、全体としての定義が確立しにくい分野であった。2018年、新専門医制度が敷かれ、基本領域専門医に「総合診療」が加えられた。これにより内科医や小児科医、外科医などと同列に総合診療専門医が生まれることとなる。しかし、実際に開始された総合診療専門プログラムの希望者は全国で毎年200人弱。内科の希望者(3000人前後)と比較すると、圧倒的に少ないことが明らかであった。その理由は様々だが、アイデンティティ確立の困難さによるキャリアの不透明さもあると考えられる。

「『総合診療医』という言葉の意味は広く、『内科医だが専門以外も診ている』という医師も含みます。私たちは総合診療専門医だけでなく、他領域の専門医であっても『患者個人の複数疾患や生活背景をも総合的に診る』『臓器や疾患そのものだけでなく総合的に患者さんを診る』というスキルとマインドを持った医師の育成を目指しています」と語るのは、総合診療学講座の上村顕也特任教授だ。

では、新潟大学医学部が育成すべき「総合診療医」とは、どのような能力を有する医師なのか。

「多様な能力を多次元的に伸ばしていく医師と捉えています。すなわち、『患者さんの全身を診る』『生活の視点から診て支援する』『多職種連携』『マネジメント』などの総合診療の能力と、『臓器別の疾患を診る』専門診療能力を同時に持つ医師のこと。全身を診る幅広い医学的知識と患者さんに寄り添う診療を行う気持ちを持つ、全人的な診療を行える医師を育てます」

領域別専門医の特徴が「深さ」であるのに対し、総合診療医の特徴は「扱う問題の広さと多様性」。特に地域医療では、より幅広い領域の診療が求められる。

「都市部の大きな病院には専門領域ごとに医師がたくさんいるので、複数疾患もそれぞれの専門ごとに複数の医師でカバーできます。言い換えれば、『頭も痛いし、おなかも痛い』患者さんに医師二人で対応できます。しかし、地域医療の現場では専門領域ごとにまんべんなく医師をそろえた医療機関は少なく、むしろ専門外も診る医師の方が多い状況です。総合診療能力のベースを持っている臓器別専門医が増えれば、医師数が少なくても医療の初期対応が円滑に進むと考えます」

【新潟方式】総合診療医育成コース

総合診療医の育成が新潟県の医療の質確保と向上につながる。循環型の教育システムを全国に発信する

教育?研修の循環型システムで地域医療に貢献

総合診療医を継続的に育成することは、超高齢社会における医師偏在や医師不足の改善、地域医療の維持に貢献する。そのために構築された教育?研修の循環型システムが、『オール新潟体制での総合診療医育成コース【新潟方式】』だ。これは、全人的に包括的な医療を提供し、複数臓器横断で基本的な全身診療が可能な医師を育てる新潟大学独自の取り組みだ。

新潟県とは2021年1月19日に『総合的な診療能力を持つ医師の養成等に係る新潟県と新潟大学医学部との協定』を締結。新潟県内のどこでも安心して医療を受けられる環境づくりを進めるためには、総合的な診療能力を持つ医師の確保がより求められるという観点から、総合診療医の養成等に卒前から取り組むことについて協力する内容だ。また、同年1月22日には講座のスタートアップシンポジウムをオンラインで開催。110名を超える医師、学生の参加があり、その強い関心を感じる場となった。引き続き、上村特任教授に聞いた。

「新潟県には多くの地域医療を支えてきた医療機関や、総合診療の優れた指導能力を持った先生方がたくさんおられて、患者さんの様々な疾患や症状、社会的背景を含めて、すべてを受け止める総合的な診療を行う医療が、各コミュニティに根付き、発展してきた歴史があります。そのような使命感の強い医師が多くいる土地で学ぶことは、医療人にとって非常に有意義であると考えています。そこで私たち新潟大学と新潟県、医師会というオール新潟体制で、総合診療学講座が中心になり卒前?卒後の一貫した教育を行います。総合診療医の育成、増加、配置、キャリア支援を行います。将来的には、講座で学び卒業した総合診療医が後進の指導に携わり、教育?育成が循環していくことにも期待します」

総合診療学講座が拠点となることで、育成システムの循環性?継続性?再現性が確立し、さらにその成功を全国に発信することが将来的な目標だ。

「この事業のステークホルダーは地域の方々です。有能な総合診療医の育成は、新潟県の医療の質の向上と担保につながると考えています。循環型システムを県外に発信することで、総合診療を学ぶ学生や医師を県内に集めることができ、将来的に優秀な医師が県内外で活躍していくという相乗効果も期待できます」

では、総合診療医育成コースは、どのような学びの場なのか。

新潟県との協定調印式新潟県との協定調印式
スタートアップシンポジウムスタートアップシンポジウム

総合診療医を形成する『みっつのみかた』

「低学年では講義やシミュレーター、VRを活用して学びを深め、関連病院での短期実習などで、基礎を身につけます。高学年では県内20カ所の総合診療実習連携施設で外来、病棟、救急の診療参加型実習を行い、指導医とともに診察から診断、治療、退院までを実習します。学内外が協力する実習体制を構築できたことで、篮球比分直播感染症拡大のために病院実習が困難であった時期に、リモート環境下でのエコー実習による遠隔診療体験やオンラインで学外病院の検討会に参加するなどの方法を柔軟に取り入れることができました。新潟県内の施設をリモートでつなぎ、他の病院の医師からも指導を受けることができるようになりました」

臨床実習に臨む学生はどのような視点を重視し、そこで何を得るのか。

「新潟方式で総合診療医を目指す学生には『みっつのみかた』を大切に、と指導しています。診察の視点『診方』、地域を守る視点『見方』、患者に寄り添うという視点『味方』です。彼らの多くは実習を終えて、特に『味方』が印象に残り勉強になったと言います。技術や知識、広い視野という点ではまだまだ未熟な彼らですが、『味方』には『自分はなぜ医者になりたいと思ったのか』という問いに対する根源的な理由があるように思います。このタイミングで基本に立ち返ることは非常に重要だと考えます。
テクニカルスキルとヒューマンスキルを新潟で学び、地域さらに国際的に活躍できる医師を目指してほしいと思います」

総合診療学講座ではいつでも、どこでも、総合的な診療のエッセンスを学ぶことができる、e–ラーニングを講座のウェブサイトで公開している。このe–ラーニングは初診で重要な一般的な症候と初期対応、専門医への相談のタイミングを理解、復習するためのオンデマンドツールとして有効である。内容は、医学部高学年で習得し、卒後に実践するレベルの内容であり、領域別専門医のメインテナンス教育やリカレント教育にも役立つと考えられ、講座では医師会とも連携しながら医師の生涯教育に活用し、新潟で総合的な診療能力を学ぶ医師が増えることを期待している。また、新潟県在住の中高生を対象にした卒前教育として、大学のオープンキャンパスや新潟県主催のセミナーで、講座の取り組みに参加している現役医学生とともに紹介ビデオやオンラインアンケートなどを利用して、この総合診療医育成コースを紹介するなど、新潟で育成する総合診療医の重要性を啓発している。

総合診療学講座も開発に携わるVR教材総合診療学講座も開発に携わるVR教材
外出規制の際に配信したエコー実習外出規制の際に配信したエコー実習
関連病院の指導医もリモート参加関連病院の指導医もリモート参加
断面の模型というアナログな教材断面の模型というアナログな教材
総合診療学講座関連施設

新潟の医療を支え社会を守る新潟大学の使命

新潟の総合診療医が活躍するこれからの医療

社会からのニーズは刻々と変化していく。教育プログラムも大きなビジョンを持ちつつ、細部や方向性を時代に合わせ柔軟に対応していくことが求められる。総合診療学講座では現役の医学生にもプログラムの改訂や広報などに積極的に関わってもらい、時代の要請に合った総合診療医育成を行っていくという。再び、染矢医学部長に聞いた。

「新潟方式を充実させ、多くの医師が新潟で働きたいと思う情報を全国に発信することで、新潟県の医師数増加や偏在の解消に貢献できると考えます。こうした取組が将来的に地域包括ケアの中心的役割を担う人材確保につながることになるのです。それは新潟大学医学部の使命であり、これからの新潟の地域医療を支え、社会を守っていくための大きな挑戦なのです」

オール新潟体制で臨む卒前?卒後の一貫教育は「総合診療医」のキャリアパスの重要性を明らかにする。それは高い志と能力、誇りを持った総合診療医が活躍する未来のビジョンを描いている。

全国の高校にも配ったフルカラー冊子全国の高校にも配ったフルカラー冊子
病院における緊張感のある指導病院における緊張感のある指導
講義の組み立てを相談する風景講義の組み立てを相談する風景
感染状況で刻々と変わる日程に対応感染状況で刻々と変わる日程に対応

新潟県の声

総合的な診療能力を持つ医師の養成?確保に連携して取り組みます

医師偏在指標によれば、新潟県は全国トップの医師不足県となっています。
医師確保に向けては、新潟大学医学部から地域枠を拡大していただくなどご尽力いただき、感謝しております。
県としても、医師確保に全力で取り組んでまいりますが、医師の数が確保できればそれだけで良いということではないと考えております。
高齢化が進み、地域医療では、1人の高齢者が様々な疾患を抱えることは、ごく当たり前のことになっています。そうした中で、地域包括ケアシステムにおいて、医師が複数の疾患を抱える患者に対して、疾患の背景にあるような生活の課題、心理的、社会的な部分まで、総合的に診て、適切に診断を行い、必要な専門医に繋ぐことが重要となっており、そのためには総合的な診療能力を持つ医師を養成していくことが必要であり、大きな課題であると考えております。
このため、新潟県と新潟大学医学部は、篮球比分直播3年1月に「総合的な診療能力を持つ医師の養成等に係る協定」を締結し、これらの医師の卒前からの養成及び確保等に取り組んでいるところです。
医師を養成する大学側と、行政を担う県、地域も上手に巻き込み、3者が連携しながら、県内のどこに住んでいても安心して医療を受けられるような環境づくりを進めてまいりたいと考えており、引き続き、一緒に取り組んでまいります。(新潟県福祉保健部 松本晴樹 部長)

医学部生の声

患者さんひとりひとりの背景を含め、最善を提示できる医師を目指して

改めて「総合診療とは?」と調べると、「病気としてではなく、ひとりの人間として患者さんを診ること」と出てきます。これは総合診療に限らず、すべての医師がそうあるべきだと個人的に感じており、少なくとも患者さんは医師に対してそのように思っていると私は思います。しかし、実際にそのように患者さんを診て、医療を行うのは本当に難しいことですし、学べる場も少なかったので、新たに講座ができたのはありがたいことだと思います。実習では新潟県立十日町病院に行かせていただきました。科の垣根を越えて患者さんを各科の視点から診ることで、多くの識見を得られ、大変勉強になりました。大雪が降った翌日は、救急外来で骨折の患者さんが多かったのを覚えています。当然、整形外科が忙しくなり、人手が足りないのに次々に患者さんが来る慌ただしい一日でした。そのような中でも様々な科の先生方がしっかりと協力し、患者さんを診られていて、実際の医療の現場に触れることができました。卒業後は、患者さんひとりひとりの背景も含めて、最善となるような選択肢を提示できる医師になりたいです。医療は今後も進歩していくので、常に新しい知識や技術を学び、研鑽を積み続けたいと思います。(医学部医学科6年 ※編集時)

様々な視点から病気を考えていく習慣を身につける場

私は長岡中央綜合病院で実習させていただきました。病棟実習、救急外来実習、当直実習を経験しましたが、外来実習が最も印象的でした。外来実習では問診を行い、カルテを書くこともありました。カルテの書き方は座学で習いましたが、実際に行う機会は少なく、私には苦手意識がありました。しかし、今回の実習では患者さんのご協力でたくさんの経験をさせていただき、とても自信がつきました。患者さんからお話を聞き、診察し、その上で必要な検査を考えていくという、医師として非常に大切なことを実際に経験することができました。おなかが痛いと聞くと、一般的に胃や腸の病気を考えると思いますが、その他にも心臓や血管、腎臓、泌尿器、女性の場合は婦人科の病気、また、腹部の筋肉や神経の病気の可能性も考えられます。総合診療学講座が多くの学生にとって、様々な視点から病気を考えていく習慣を身につける場になったら良いと思います。実習先で、私を指導してくださった先生方は、患者さんに寄り添って問診や診察を行い、とても良好な関係を築かれていました。私もそんな姿を見習い、患者さんにとって一番だと思える医療を提供していきたいです。(医学部医学科6年 ※編集時)

※記事の内容、プロフィール等は2022年5月当時のものです。

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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第40号にも掲載されています。

新潟大学季刊広報誌「六花」

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