厚生労働省指定難病?血管炎による 脊椎肥厚性硬膜炎の新たな病態を発見 -治療法に道-
本学脳研究所脳神経内科学分野の中島章博助教と本学大学院医歯学総合研究科の河内泉准教授らの研究グループは、本学脳研究所(脳神経内科学分野、病理学分野)並びに本学大学院医歯学総合研究科を中核拠点とし、信州大学、帝京大学、北里大学、産業医科大学、新潟医療福祉大学、国立病院機構新潟病院などと共同して、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(注1)である厚生労働省指定難病「顕微鏡的多発血管炎(MPA)」「多発血管炎性肉芽腫症(GPA)」(注2)に生じる「脊椎肥厚性硬膜炎」(注3)の臨床的特徴?免疫病態?治療法?長期予後を世界で初めて明らかにしました。本研究成果は、2025年3月19日、北米神経学会誌「Neurology」(IF 8.4)(5-year IF 9.0)のオンライン版に掲載されました。
本研究成果のポイント
- 脊髄を覆う硬膜に炎症が起こる脊椎肥厚性硬膜炎は、厚生労働省指定難病?血管炎の原因自己抗体「抗好中球細胞質抗体(ANCA)」、中でも好中球の細胞質に含まれる酵素タンパク質であるミエロペルオキシダーゼ(MPO)に対する自己抗体(MPO-ANCA)を高い確率で持つ。
- 脊椎肥厚性硬膜炎は、脳を覆う硬膜に炎症が起こる頭蓋肥厚性硬膜炎と比較し、ANCA関連血管炎の疾患活動(バーミンガム血管炎活動スコア「神経系」(注4))が高い。
- 肥厚した脊椎硬膜は、本来の硬膜の外と内に、肉芽腫性炎症巣と筋線維芽細胞(注5)を大量に含む2層を形成することで、計3層構造を構築する。肥厚硬膜の増大により、脊髄を圧迫し、高い確率でミエロパチー?脊髄症(注6)を生じる。これらの病理構造は、ANCA関連血管炎で障害される他臓器と相同の肉芽腫性炎症である(図1、図2)。
- MPO-ANCAを持つ脊椎肥厚性硬膜炎には、①迅速な外科的減圧術 (椎弓切除術と硬膜形成術)、②寛解導入?維持のための免疫抑制療法(高用量の糖質コルチコイドと、シクロホスファミドまたはリツキシマブいずれかを組み合わせた治療)が推奨される。
【図1】MPO-ANCA陽性脊椎肥厚性硬膜炎の病理像を示しています。肥厚した脊椎硬膜は、外側(a、outer dural border layer)と内側(c、inner dural border cell layer)の層に肉芽腫性炎症とα-SMA(注5参照)陽性の筋線維芽細胞が豊富に分布していました。一方で、中間層(b、本来のmeningeal layer)は炎症の影響を受けにくく、α-SMAを持たない線維芽細胞に限られていました。このように、MPO-ANCA陽性脊椎肥厚性硬膜炎の病理像は、特徴的な3層の構造を呈していました。(画像はNakajima A, et al. Neurology 2025からの引用)。
【図2】今回の成果から考えられる病態仮説を示します。硬膜は、正常の状態 (図の右側) では、線維芽細胞、境界マクロファージ(border-associated macrophage)を含む組織常在免疫細胞、血管、リンパ管を含み、硬膜関連リンパ組織(dura-associated lymphoid tissue: DALT)を形成し、全身の血液循環とは異なる免疫環境を持ちます。密なタイトジャンクション(隣接する細胞の間隙を埋める密な結合装置)を持つ層(arachnoid barrier cell layer: ABC layer)によって形成される血液-クモ膜脳脊髄液関門(blood-arachnoidCSF barrier)を持ちます。
MPO-ANCA陽性脊椎肥厚性硬膜炎(図の左側) では、硬膜の外層および内層に筋線維芽細胞の増生とともに、肉芽腫性炎症、血管炎、B細胞濾胞様構造が形成されることが特徴的です。これらの炎症病巣の拡大により脊髄が圧迫され、ミエロパチーを引き起こしますが、脊髄実質には直接的な炎症は及んでいません。一方で、炎症病巣は周囲の椎骨(vertebral column)へと波及します。
近年、実験動物(マウス)を用いた生体内での細胞追跡研究にて、頭蓋骨および椎骨の骨髄と硬膜は、微小血管を介して連絡しており、骨髄系細胞と免疫細胞が移動できることが明らかになっています2,3。脊椎肥厚性硬膜炎で得られた病理学的所見は、①硬膜とくも膜下腔(subarachnoid space)は、arachnoid cuff exit(ACE)points(近年、新しく発見された「硬膜とくも膜下腔の間の通り道」) 2,3を除き、厳密に分離されていること、②骨髄と硬膜が微小血管を介して炎症細胞が移動できることを支持するものです。硬膜が神経系へ果たす免疫機能?病態を理解する上で重要な示唆を与えます。(画像はNakajima A, et al. Neurology 2025からの引用)。
【用語解説】
(注1)ANCA関連血管炎
抗好中球細胞質抗体(ANCA)を標的とする自己免疫病態による血管炎を引き起こす疾患群の総称です。代表的な疾患には 顕微鏡的多発血管炎(MPA)、多発血管炎性肉芽腫症(GPA)、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)があり、それぞれ異なる臨床的特徴を持ちます。古典的には、腎臓(壊死性半月体形成腎炎)や肺(肺胞出血、肉芽腫形成)を中心に、病変が全身に及ぶとされていましたが、近年、硬膜を含めた神経系臓器も障害されることが明らかにされつつあります。ANCAは、MPO-ANCA(抗ミエロペルオキシダーゼ抗体) と PR3-ANCA(抗プロテイナーゼ3抗体)に分類されます。
(注2)顕微鏡的多発血管炎(MPA)?多発血管炎性肉芽腫症(GPA)
ANCA関連血管炎の主要な臨床病型です。古典的には、MPAは、小型血管を侵す壊死性血管炎で、壊死性糸球体腎炎が多く、肺毛細血管炎をしばしば認める一方、肉芽腫性炎症を認めないと考えられてきました。GPAは、上気道と肺の壊死性肉芽腫性病変、および腎臓に壊死性糸球体腎炎をきたすと考えられてきました。 近年になり、ANCAの特異性(MPO-ANCAとPR3-ANCAの別)が治療経過に影響することが明らかにされてきました。そこで、MPAとGPAの診断基準(表現型の診断基準)は、ANCAの特異性(MPO-ANCAとPR3?ANCAの別)を基盤としたものに変遷しています。
(注3)脊椎肥厚性硬膜炎
肥厚性硬膜炎は、脳や脊髄を覆う硬膜が炎症によって異常に肥厚し、周囲の神経を圧迫することで様々な神経症状を引き起こす疾患です。一般的には脳硬膜に発生することが多く(頭蓋肥厚性硬膜炎)、脊椎硬膜に生じる場合は脊椎肥厚性硬膜炎と呼ばれます。
(注4)バーミンガム血管炎活動スコア「神経系」
全身性の血管炎の活動性を評価するスコアで、全身の症状や臓器を9つのセクション(全身症状、皮膚、粘膜/眼、耳?鼻?咽頭、胸部、心血管、腹部、腎、神経系)に分けてスコア化し、ANCA関連血管炎の活動スコアを評価します。
(注5)筋線維芽細胞
筋線維芽細胞は、組織修復や線維化に関与する特殊な線維芽細胞であり、α-smooth muscle actin (α-SMA: アクチンファミリー蛋白の一つで、線維化に関連) を発現することで収縮性を持ち、細胞外マトリックスの合成やリモデリングを促進します。創傷治癒の過程で活性化され、一時的に組織修復を助ける役割を果たしますが、慢性的な炎症や刺激により持続的に活性化されると、異常な線維化を引き起こし、組織の硬化や機能障害の原因となります。
(注6)ミエロパチー?脊髄症
脊髄の機能障害の総称です。圧迫、血管障害、炎症などが原因で、運動障害や感覚障害を引き起こします。主な原因には頚椎症性脊髄症、腫瘍、脊髄梗塞などがあります。
研究内容の詳細
厚生労働省指定難病?血管炎による 脊椎肥厚性硬膜炎の新たな病態を発見 -治療法に道-(PDF:1MB)
論文情報
【掲載誌】Neurology
【論文タイトル】Long-term clinical landscapes of spinal hypertrophic pachymeningitis with anti-neutrophil cytoplasmic antibody-associated vasculitis
【著者】Akihiro Nakajima, Mariko Hokari, Fumihiro Yanagimura, Etsuji Saji, Hiroshi Shimizu, Yasuko Toyoshima, Kaori Yanagawa, Musashi Arakawa, Akiko Yokoseki, Takahiro Wakasugi, Kouichirou Okamoto, Kei Watanabe, Keitaro Minato, Yutaka Otsu, Yukiko Nozawa, Daisuke Kobayashi, Kazuhiro Sanpei, Hirotoshi Kikuchi, Shunsei Hirohata, Kazuaki Awamori, Aya Nawata, Mitsunori Yamada, Hitoshi Takahashi, Masatoyo Nishizawa, Hironaka Igarashi, Noboru Sato, Akiyoshi Kakita, Osamu Onodera, Izumi Kawachi*
(*, correspondence)
【doi】10.1212/WNL.0000000000213420
本件に関するお問い合わせ先
医歯学系総務課
E-mail shomu@med.niigata-u.ac.jp