糖尿病性神経障害発症における細胞外基質の役割を解明-コンドロイチン硫酸の発現調節による症状軽減化と新たな治療戦略への期待-
本学大学院医歯学総合研究科神経生化学分野の五十嵐道弘教授(研究当時)、同研究科血液?内分泌?代謝内科学分野の石黒創特任助教らの研究グループは、糖尿病の合併症である糖尿病性神経障害のモデル動物の性質を調べて、細胞外基質(注1)のコンドロイチン硫酸(CS)(注2)が、糖尿病性神経障害において、細胞間での情報伝達を仲介する重要な役割を果たしていることを世界で初めて解明しました。
糖尿病性神経障害を発症したマウスにおいて、通常では血糖値(注3)が上昇すると、TGF-β(注4)と呼ばれる、炎症を増悪させる細胞間の情報伝達因子のシグナルが上昇するのに対し、CSを減少させた場合、血糖値を高めてもTGF-βが変動しないことを証明しました。またその結果、神経障害の程度が大きく軽減することを見出しました。本研究成果は、今後の糖尿病性神経障害の病態解明や新規の創薬につながるものと期待されます。
(この成果は、本学大学院医歯学総合研究科?神経生化学分野、同研究科血液?内分泌?代謝内科学分野、同研究科薬理学分野、医学部メディカルAIセンター;神戸薬科大学、東京都医学総合研究所との共同研究です。)
本研究成果のポイント
- CSを減少させたマウスでは、糖尿病性神経障害の症状が減弱する。
- CSを減少させたマウスでは、糖尿病モデルで問題視される、ぺリサイト(注5)の脆弱性が軽減する。
- 通常のマウスではTGF-βのシグナル伝達が高血糖で活性化するが、CSを減少させたマウスではTGF-βのシグナル伝達が高血糖の前後で変化しない。
【用語解説】
(注1)細胞外基質:細胞と細胞の隙間を埋めている物質グループを言います。細胞と細胞の間には、何も存在しないのではなく、多数の物質が存在しています。例えば、コラーゲンなどの結合組織と呼ばれている構造の構成成分は、細胞間の構造を強化していると考えられています。一方、それ以外の重要な役割として、細胞外基質は、細胞と細胞の情報伝達を仲介していると考えられ、その証拠がたくさんわかってきており、現在も病気の進行に関与する、重要なカギとして様々な医学研究でフォーカスされています。
(注2)コンドロイチン硫酸(CS):細胞外基質の一つで、長い糖鎖をもつ酸性の物質です(図=下図;CSの構造模式図(硫酸基は省略されているが、実際にはCSの長い糖鎖に多数結合している)。この物質は負の電荷を多く持つため、正の電荷をもつ物質(塩基性の物質;例えばTGF-βなど)と結合し、相互作用しやすいと考えられ、数多くの細胞間コミュニケーションを仲介できる、マスター因子の一つと想定されています。一方で、構造に多様性があり、まだタンパク質などに比べると研究の大きな発展はこれからと考えられています。
(注3)血糖値:血液中のグルコース(ブドウ糖)の値のことで、ヒトを含む哺乳動物では脳へのエネルギー供給の中心となるため、きわめて重要視されています。血糖値が恒常的に上昇している状態が糖尿病で、この状態が血管を傷つけるため、ヒトでの生活習慣病としてその対策が急がれています。
(注4)TGF-β:細胞間の情報伝達を担う液性因子の一つで、PDGF-βなどと同様、正常及び病態で産生の程度は変化します。TGF-βは多数の類縁分子があり、その受容体(特異的に結6合してシグナル伝達を開始させるタンパク質)も多様性があります。特にいろいろな臓器の病態で、炎症を引き起こすことが知られており、がんの進展にも関係しています。
(注5)ぺリサイト:血管周皮細胞のことで、血管を構成する重要な細胞の一つです。特に最近、脳血管のぺリサイトの研究から、ぺリサイトは血管とそれに栄養される細胞との間で、バリア機能(特定の物質だけを血管から細胞に供給し、それ以外は取り込まれないようにする機能)を持っている重要な細胞であることが見出されました。ペリサイトはNG2というタンパク質を発現していますが、T1KOでPDGFRβ抗体を投与しても、WTよりNG2の残存がかなり多く、ペリサイトが残っていると考えられます(図=下図;PDGFRβ抗体投与後の、ペリサイト量の確認)。
研究内容の詳細
糖尿病性神経障害発症における細胞外基質の役割を解明-コンドロイチン硫酸の発現調節による症状軽減化と新たな治療戦略への期待-(PDF:MB)
論文情報
【掲載誌】iScience
【論文タイトル】Reduced chondroitin sulfate content prevents diabetic neuropathy through TGF-β signaling suppression
【著者】Ishiguro H, *Ushiki T, Honda A, Yoshimatsu Y, Ohashi R, Okuda S, Kawasaki A, Cho K, Tamura S, Suwabe T, Katagiri T, Ling Y, Iijima A, Mikami T, Kitagawa H, Uemura A, Sango K, Masuko M, *Igarashi M, Sone H
【doi】10.1016/j.isci.2024.109528
本件に関するお問い合わせ先
医歯学系総務課
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